がん治療は山あり谷あり。困難に見舞われるたびに、信頼できる情報源から有効な手がかりを引き出し、主治医に相談、説得。常に自身の「いのち」に対する不安を抱えながらも、主体的に治療方法を選択し、実践してきた経験があるからこそ、Aさんの言葉に勇気づけられている患者も少なくないはずだ。今シリーズ最終回として、現在の状況を含め、読者に伝えたいことについて伺った。
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職場復帰されて、もうすぐ半年ですね。
ありがとうございます。2022年は入院せずにやっていきたいです。専門医の話では、ザーコリ(注)を減感作療法で服用し、ここまで継続できた事例は全国的にも症例は少ない様子。2018年6月にはがん性リンパ管症を発症しましたが、主治医の話によると肺がんの末期の状態で、次の薬が奏功しなければ半年の命とも言われました。そのような中で、残業の多い職場で働いていることも症例は少ないようで、患者会だけでなく、医師からも驚かれています。私の健康管理区分はC1。ピーク時には及びませんが、今も普通に残業続き。私自身も相当キツいですが、同僚たちはもっと大きなプレッシャーを抱えているはずです。何しろ、治療のためとはいえ、5年で10回の入退院。復帰しても、いつまた職場からいなくなるのか予測もつきません。業務量が非常に多い職場で、私が不在になれば当然、同僚にしわ寄せがいきます。それでも私を気遣って、あからさまに不満を漏らすことさえできない。みんなが苦しい状況です。だから来年度は、今よりも残業が少なく自分の経験を活かして役割を果たせる部署への異動を強く希望しているところです。
(注)ゲノム治療のための薬
そうでしたか。
治療はいかがですか?
それが、実はあまり楽観視できない状況です。検査の結果、増悪していることが分かりました。とうとう、ゲノム治療の限界が近いようです。セカンドオピニオンのため静岡がんセンターを受診し、即、転院することにしました。私の場合、ROS1遺伝子変異のがんと、それとは別の発生の仕方をしたがんが併存しているのだそうです。近日中に、より詳しい検査をして、今後の治療方法を探っていくことになります。治験に期待したものの、あいにく叶わず。どんな結果であっても受け容れるしかありません。これまでも、期待が長続きしたことはありませんし…。でも、どん底に突き落とされるたびに、自分でもできる限りのことをして這い上がってきましたから。
また新たな課題に取り組まれるのですね。
はい。「患者力」なんて言われますが、決して「まな板の上の鯉」になってはいけないと思っています。がん治療は日進月歩。患者自身が自分の状況から目を逸らさず、正確に病状を把握する。そして確かな情報源と繋がりながら、主治医としっかり相談する。諦めなければ、治療の選択肢を広げられる可能性も見えてきます。
治療は確かに「綱渡り」と言えるかもしれません。でも、同時に、私の経験を積極的に発信することもしていきたいです。昨年も、日本肺癌学会学術集会や患者会で講演したり、SNSで実体験を語ったりする中で、大きな反響がありました。私の極めて個人的な体験であっても、多くの当事者・家族を勇気づけられるのかもしれないと思うようになりました。LCAAという肺がんWeb講座を受講して、肺がんについても総合的に情報収集してきました。今年はピアサポーターとして地元の患者会に参加して、支え合うことができればと思っています。とにかく読者の皆さんには、がんと診断されても一人で抱え込まないで欲しいです。がんの治療を行っている病院であれば、がん相談支援センターがありますのでどんなことでも相談に乗っていただけます。積極的に活用し、一人で抱え込まないことが大事だと思います。仕事に関しては、辞めるという判断には「待って!」と言いたいです。現在は職場復帰制度に私のようながん患者も入れていただくことができましたので、積極的に制度を活用してほしいと思います。がんの治療を続けながら働くことはとても大変なことであると実感していますが、今後、がん患者が働きやすい職場が作られることにも期待をしたいですね。また、皆さんの周りに私のようながん患者がいましたら、どうか温かい気持ちで受け止めて欲しいです。がん患者は仕事以外にも、がんという病気と闘い、副作用とも闘い、将来の不安等とも闘わなければなりません。無理なお願いかもしれませんが、嫌な顔をせず、温かい言葉で受け止めて欲しいと思います。よろしくお願いします。
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Aさんの語りには、自身の生命と真正面から向き合った者の「凄み」さえ感じられる。本県でも組合要求が実り、2021年度から長期療養後の職場復帰訓練の対象が、がんなどの身体疾患に拡大された。しかし、復帰後通院を続ける中で、体力低下や治療に伴う副作用により、一時的にフルタイムでの勤務が困難になる場合もある。
一方、体調が安定している時は、普段と変わらず業務上のパフォーマンスを発揮できる場合も少なくない。厚労省もガイドラインで示すように、体調に応じた柔軟な勤務時間や仕事内容の調整は、がんによる症状や治療による副作用で体調が不安定な一定期間に有効な対応方法と言える。県当局には、本人・主治医・産業医などの意見に耳を傾けながら、実効性のある治療との両立支援策を求めたい。(完)
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